知識基盤社会を生き抜くために必要な「21世紀型スキル」を育てるには
21世紀は、グローバル化が進展し不確実性が増大する社会であり、あらゆる領域や分野で知識が重要な価値をもつ「知識基盤社会」である。これまでは、コンピュータなど高度情報機器の発展を背景に情報化社会という言葉がよく使われてきた。これに対し、最近よく目にするようになってきた知識基盤社会という用語は、単なる情報というよりは、情報が処理され意味ある知識に構成されたときにはじめて価値をもつという考え方に立脚するものといえる。めまぐるしく変容する知識基盤社会では、激しい変化に耐えうる幅広い知識、あるいは、柔軟で高度な思考力や判断力が求められることになる。そこでは、答えのない課題にしばしば向き合い、適切な問いを立て、入手可能な限られた情報をもとに妥当な解に至らなければならない。また、自分の考えをもち、多様な知恵をもつ他者と協働して、問題解決していくことが必要になってくる。デジタル化が進む中で、ICTを思考の道具として使いこなし、情報を処理したり、コミュニケーションをとったりして、自立した個人が、異なる他者と協働して、新しい知識を創造していく能力が求められるようになっているのである。
今日的な能力観をめぐっては、諸外国の教育改革に大きな影響を与えているものとして、OECD(経済協力開発機構)によるキー・コンピテンシー(注釈:※参照)及びアメリカ合衆国や国際研究プロジェクトで展開する21世紀型スキルの流れがある。21世紀型スキルやキー・コンピテンシーといった、変化の激しい現代社会で必要とされる資質・能力を育成するためには、これまでの教育のあり方を大きく変えることが必要になる。端的には、「何を知っているか」だけではなく知識を活用して「何ができるか」への教育の転換である。学校教育のめざすものが、「何を知っているか」だけではなく知っていることを活用して「何ができるのか」へと転換されると、当然のことながら、授業デザインの仕方もまた大きく変えることが必要になってくる。教師が教室の前に立って一斉に教科内容を指導するといった従来型の授業では、コンピテンシー(専門能力、職務などの適性)といった現代社会で生きて働く力を育成するのには限界がある。教師はむしろファシリテーター(管理運営者)あるいはコーチの役割に徹し、子ども自らが主体的な学習活動を進めていくための支援者になることがより適切になってくる。さらに、子ども自身が、実生活や実社会のリアルな課題に向き合い、問いを立て、自分の考えをもち、仲間とプロジェクトチームを組みながら、協調して自律的に問題解決していくような授業デザインが期待される。
日本において育みたいコンピテンシーを明確にするにあたり、例えば、国立教育政策研究所では、学習指導要領の理念である「生きる力」を実効的に獲得することをめざし、「21世紀型能力」を構想している。これは、生きる力を構成する知・徳・体の三要素から、教科領域横断的に育成が求められる資質・能力を取り出した上で、それらを道具や身体を使う「基礎力」、深く考える「思考力」、未来を創る「実践力」の三層の構造で整理している。思考力を中核とし、それを支える基礎力と、思考力の使い方を方向付ける実践力の三層構造とし、実践力が生きる力へと繋がることを狙ったものである。「基礎力」は、言語・数量・情報などの記号や自らの身体を用いて、世界を理解し、表現する力、「思考力」は、一人ひとりが自分の考えをもって、他者と対話し、考えを比較吟味して統合し、よりよい答えや知識を創り出す力、さらに次の問いを見つけ、学び続ける力、「実践力」は、生活や社会、環境の中に問題を見出し、多様な他者と関係を築きながら答えを導き、自分の人生と社会を切り開いて、健やかで豊かな未来を創る力と定義している。
変化の激しい時代を生きるには、常に移り変わる環境に対応して、新たな知識やスキルを身につける自己学習力をもち、社会に効果的に適応できる自立した「生涯学習者」となる必要がある。さらに、激変する21世紀の時代だからこそ、伝統や文化を踏まえて、自らを見つめ直し、強い絆で結ばれた新たな日本社会の構築に積極的に参画する資質・能力が求められる。
※キー・コンピテンシー:特定の状況の中で(技能や態度を含む)心理社会的な資源を引き出し、動員して、より複雑な需要に応じる能力
○協調的問題解決
情報の分析を行ったり、解決策のアイデアを出したりする場合は、一人でやるよりも、違う視点を持った複数の人が集まってやる方が良い結果が得られることが多い。そこで「協調」能力が必要となってくる。
「協調的問題解決力」は次の五つの要素からなるとされている。
1.グループ内の他の人の考え方を理解できる力
2.メンバーの一人として、建設的な方法でメンバーの知識・経験・技能を豊かにすることに貢献するように参加できる力
3.貢献の必要性やどのように貢献すれば良いかを認識できる力
4.問題解決のための構造や解決の手続きを見出す力
5.協調的なグループのメンバーとして、新しい知識や理解を積み上げ、作り出す力
調理実習を行っても、早く出来上がって食べられる班と、そうではない班がある。うまく協力できたか振り返りをすると、次は改善することができる。また、状況に応じてその分野が得意な人を一時的にリーダーにしたり、リーダーの人がフォロワーになったりする体験を積んでいくと、初対面の人とグループになっても、自然にうまく協力できるようになる。
○ジグソー(Jigsaw)法
ジグソー法は、あるテーマについて複数の視点で書かれた資料をグループに分かれて読み、自分なりに納得できた範囲で説明をつくって交換し、交換した知識を統合してテーマ全体の理解を構築したり、テーマに関連する課題を解いたりする活動を通して学ぶ、協調的な学習方法の一つで、協同学習を促すためにアロンソンによって編み出された方法である。教室の中で同じことを学んだとしても、「学びのゴール」は一つではない、教師が与えた答えだけが正解なのではなく、子ども同士が自分達で考え「納得のゆく答え」を出していくことが学びのゴールであると捉える学習観に基づくもので、次のような手順で進める。
1.答えを出したい問いを共有する
2.答えに必要な三つ(ほどの)の「部品(視点の違う資料や実験など)」を受け取る
3.小グループに分かれて、それぞれの「部品」の内容を理解する~〈エキスパート活動〉
4.その上で、部品を担当したものが一人ずつ集まってその内容を統合する。統合して問いの答えを出す~〈ジグソー活動〉
5.答えが出たら、それを公表し合って、互いに検討し、一人ひとり自分にとって納得のゆく解を構成する~〈クロストーク活動〉
○ICTを利用した協調的問題解決
学習指導要領にはICTを利用した「協調的問題解決能力」の育成について明記されていないが、PISA2015には、コンピュータを相手にチャットしながら問題を解決する問題が出題される予定である。東北大学大学院情報科学研究科で、ある高校の2年生を対面で話し合う群と、チャットで話し合う群に分けて議論をさせてアンケートをしたところ、チャット群から良い点として「対面より緊張しない」「会話ログを見直せる」、良くない点として「発言のタイミングが難しい」「タイピングに時間がかかる」などの意見・感想があった。ICTを活用した「協調的問題解決」を授業に取り入れる試みは始まったばかりだが、企業現場では海外に生産を委託している場合など、チャットで遠隔地の人と協働的問題解決をすることは珍しくない。定まった解のない問題を協調的に解決する能力の育成状況の評価手法の開発は、教育現場の課題である。ICT機器に残されるログを閲覧して、アウトプットとして出てこないプロセスの部分(うまく協力できるようになったから、インターネット検索時により良い検索キーワードを入力し、目的の情報にたどり着くまでの時間が短くなったなど)も教師が評価できるようにするという研究もされている。21世紀型スキル、その育成と評価方法は、今後どのように進化していくのか注目されている。
21世紀型能力として具体的には、情報を収集し、自分にとって必要な情報を選択する情報活用能力と、仲間と課題を共有し共同的に学び、課題を解決していくコミュニケーション能力をつけていくことが大切だと考える。そこで、「身近な問題」を基に自分の考えを明確にし、交流を深め、話し合ったことを基にさらに自分の考えを確かめるという活動を通して、21世紀型能力を身につける授業を構築していく。